1392年に高麗王位を簒奪して朝鮮王朝(李氏朝鮮)を開いた太祖・李成桂は、94年に首都を開城から漢陽(現在のソウル)に首都を遷しました。漢陽建都にあたり、ソウルの中心を取り囲む北岳山、駱山、仁王山、南山つたいに18キロにわたる城壁をめぐらせ、北大門(粛靖門)、東大門(興仁之門)、南大門(崇礼門)、西大門(敦義門)の四大門も設置されました。このほかにも、8つの小門があります。

ソウルナビによると、ソウルの城郭は農民たちが無報酬・手弁当で作らされたものだそうです。

私は開放されて間もない2008年に北大門を訪れました。

北大門のある北岳山付近は、国防上も要衝ということで特定警備区域として、2007年まで約40年にわたり一般人の入境が禁止された場所でした。ということもあり、私が言ったときも写真撮影は限られた場所でしか許されていませんでした。城壁のあたりも頑丈な有刺鉄線の鉄条網が張り巡らされていました。景福宮ごしにのぞむソウル中心部は見事でしたが、写真が残念。

 

城壁は、こんな感じで山伝いに張り巡らされており、万里の長城、韓国版居庸関の風貌です。

城壁に詰まれた石積も、手前の大きな石積は世宗大王時代1422年の工事の際の石積です。その奥、石のサイズが小さくなっている石積は、太祖時代1396年のものです。

おそらくこれが粛宗の時代、1704年の石積です。この年代による改修後で石積の工法、切石の技術の変化なども読み取れるようで、この3期にわたる工事跡が1箇所でわかるのも北大門の魅力です。

北岳山の城壁には、敵の動きを見張るための小さな穴もたくさんありました。この穴を通して銃口を向けることができると考えるとなかなか物々しいものがありました。まだ戦争が終わっていない国だということですね。

そして、出口、彰義門へ。別名、紫霞門(ジャハムン)です。近くには紫霞門峠というバス停があり、ここから北大門にいくこともできます。私自身は、ここから北大門に向かった記憶です。要するに入り口は2箇所ありました。

詳しくはソウルナビに日本語のガイドがあります。 http://www.seoulnavi.com/miru/1467/

北岳山の公式ホームページはこちら http://www.chf.or.kr/c1/sub5_4.jsp (韓国語、日本語ページあり)